リアルに起こったことを面白おかしく書いてる自己満足日記。

黒い時と白い時

もう年度末…はええ
 
 桜の木の下には何があるのか、それは白骨化した死体です。
黒々白々です。
 春ですねー、春ですよー。と、聞こえてきそうなほど、桜の花が舞い散る今日この頃。
温暖な気候のおかげで、徐々に体力とやる気とが、回復してきたところで、もう三月も終わる。
 明日はワタヌキと呼んでエイプリルフールな一日。
 人が信用できない一日ですが、どうなることやら。
 さて、来月から新入社員やら新学年生の方々が、忙しく動き出す時期で、それに合わさってか私も忙しい日々を送らねばならないという罠。
 友人達もどうやら忙しくなるそうで、これを機に疎遠になりそうな予感がしますな。
 まぁ社会に出れば、一年間の内に田舎に戻るのも盆と正月のみなわけで、皆々一様に我が道を行くのは当然の如く、私も本気を出さなければそろそろ生き残れないような状況に立たされているとか思ってないとやってられませんな。
 にしても、三月は本当に何をしていたんだというほど、だるーんと生きていましたが、皆さんどうお過ごしでしょう。
 花見を行うために、朝も早くからブルーシートを広げて陣地取りに勤しんだサラリーマンの方々にお疲れ様でしたと言葉を一筆添えつつ、絵やら文字を書いてはぼへーとしていた自分自身に馬鹿野郎とか言っておこう。
 さ、とりあえず、今日は久しぶりの更新で、全く書くことも思いつかないので、この辺で終わろう。
 では、名も知らぬ皆さんの新しい門出を祝いつつ、ぼへーと行きます。
 グッドニューゲート。


| 未分類 | 15:33 | トラックバック:0コメント:0
魂消てる一歩手前

 最近、クシャミが止まらず、鼻水が溢れて、眼が痒いっていう症状に、花粉症と自己診断した黒々白々です。
 春ですねえ。まだ、寒さは衰えはしませんが、後一週間もすれば、暖かな陽気になるのではないでしょうか。といっても、私は陽気にはなれやしません。ここの所、ヌケサクっぷりに磨きが掛かり、本日も阿呆な理由で、一日の流れがボロボロになってしまい、折角の休みに際して、何もする気が起こりません。とかいいつつ、愚痴交じりなブログを更新しているとは、何事なのだろうか。
 ハァ、と溜め息を幾ら吐いても、内心は豊かにならず、沈んでいくばかり。
 蛆蛆の蛆虫野郎は、宇治にて有事を得事して、結局、ウジウジ悩んで、ウージの森で千代の別れなんちゃらって感じです。書いてて、良く分からん。
 ま、とりあえず、くよくよしてても何も変わらんとです。はい。
とか、励ましてても、なんと言うか、やる気が起きないもんですなあ。
最近は、ほとんど独りの時間が多いわけで、というよりも、実家を離れて、一人暮らしを行った頃から、自由な時間はほぼ独りで過ごすことが当たり前で、それについて何の感情も抱いてはいなかったのですけれども、こうもやる事がないと、独りでは手持ち無沙汰になってくるものですね。
 昔々は、ほぼ毎日、田舎の友人達と遊び呆けていたなあと思い出す反面、今の状況を省みると、柄にもなく寂しいと感じることがありまして。
 このようなセンチメンタルな感情が、私自身にあったのが驚きであり、人というのの弱さを痛感した思いです。親御様に言われた言葉に、「人は自分独りで生きているわけではない」と度々言われたことを思い出し、なるほどと今納得している次第、ですが、今の段階で、今の時間を過ごすのは独りだということに、少しばかり、溜め息を吐きました。
 行うべきことは多くあり、努力をしなければならないという状況下において、甘えた考えであるなあと思うのですが、本来…最初の頃に私が持っていた考え方は、どんなものだったのか思い出せず、今、私が努力しなければならないことに対しての意味が失せつつあります。
 何がしたかったのだろう、何のために今ここに居るのだろう、将来はどうするのだろう、先先のことを考えているとキリがないのですが、悩んでしまう。
 思考の深みに嵌ると、まるで泥沼にずぶずぶと沈んでいき、抜け出す方法がわからず、結局、全てが消えてしまい、答えは見えて来ません。
 答えがでないことが答えなのか、そもそも、忘れてしまったことを思い出すことはできないのか、単に考える力が足りないのか……頭痛い。
 悩み=頭痛の種という方程式に納得しつつ、解決する術を摸索する最中、良いこともなく、悪いこともなく、平凡に生きている毎日は、幸せなのか、不幸なのか、それすらも分からないままに、ただ時間を無為に過ごすのみ。
 情けないなあと感じ、負の思いに染まっていき、陰鬱な状態に陥る。
 私にとって、最大の不幸は死ぬことだと思っています。
 死んだ先は何があるのかわかりません、意識があるのかわかりません、無というものに、とても恐怖を感じるのです。
 一時期は、睡眠を取るという行為が恐ろしくあり、寝つきが悪いにも関わらず、眠るのが極度に遅くなり、睡眠不足になったことがあります。
 常時、寝たら死ぬぞ的な雪山の遭難者の境遇に苛まされていたと感じていただけば、ありかと。
 まぁ、実際のシビアな状況にはほぼ遠いものであるとは思いますが。
 なんしか、寝る=意識の消失=死、ということを考えていた阿呆です。
 寝るということは、無防備であること、どこのサムライだと突っ込みが入りそうなものですが、そういう風に考えていた時期もあったと。
 若気の至りで、今は、寝るの最高、っていうか人間の欲求の一つなんだから避けられねーよというノリで寝ています。
 死ぬということに対して、恐怖を感じている人がどれだけ居るのでしょうか。
 私は、何かの物事に集中していても、それは、喜怒哀楽を表現しているときでも、ふいに、今死ぬんじゃあないかという恐怖に襲われます。
 自転車での帰り道、工事をしている場所で、上から看板落ちてきて、頭に当たって死ぬ、道路の往来から、トラックが私に向かって突っ込んできて、死ぬ、コンビニに入ったら強盗の兄ちゃんが入ってきて、ナイフで刺されて死ぬ、突然の心臓発作で死ぬ……最後に至っては考えていませんけど。
 そんなデスノートばりに、色々と死ぬシチュエーションが頭の中で展開されて、一種の思考が空白状態に陥ることがあります。
 精神が病んでるんじゃあないのか、と、疑問に思う中、疑問に思えるならまだ常人の思考であろうと高を括っておりますが、死ぬのは嫌だから生きている、というのは、誰にも在り得る考えなのではなかろうかと勝手に思ってます。
 世には、自殺幇助サイトやら、集団で自殺しようぜ的なものがあるとは思うのですが、人が死ぬ一歩手前まで追い詰められたときの思考っていうのはどんなものなのでしょうか。
 やっと死ねるという安楽な思いなのか、生き延びたいという執着なのか、いずれにせよ、人それぞれ違うのでしょう。
なんでもかんでも人それぞれってのが、最終的な結論で、それを言っちゃあおしまいだよ、な感じですが、私は多分、後者なのでしょう。
 生きたいという執着、生きるためなら何でもやるという情けない思考回路。
 誇りを捨て、嘘を吐き、生き延び続ける。
 くだらない人間だと思います。
 だから、死にたいと思うことはないのでしょう。どれだけ嫌なことがあっても、不幸なことになっても、死ぬより辛いことはないということを思っている。浅い考え。
 いつか、その考えは、何か、もっと別なものに、変わればいいと少しばかり、思いつつ、本日の戯言はここまでとしておきましょう。
では、皆さんも、思考の深みに嵌り、泥沼に沈まぬように。
グッドシンキング。
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